腎臓移植

3か月ぶりのS病院へ

今日は、大阪のS病院での診察でした。

ステロイドのプレドニンを処方していただくために行くのです。

プレドニンは、移植から透析に戻った今でも飲み続けてもう1年。

ステロイド離脱が難しいらしいです。

しかし 今日は、大変だったんですwobblysweat01

火曜日の夜から 右足が痛くて痛くてbearing

筋肉痛でもなくて、神経痛??それか、足の血管が詰まってるんじゃない??

横になっていると あまり感じないけど 起き上って足の血が下がっていくと激痛がsign03

朝もこの状態で起きだして、電車で行くのは無理だとあきらめてー階段降りれないからー車で行くことにしました。

アクセルrvcar踏むのは、問題ないんだなぁ~~~sweat01

ちょっと早めに行って、整形外科を予約しようと思ったら、3カ月ぶりのS病院、なんかいろいろ変ってて 整形外科も完全予約制!受付けに人もいないsad

仕方なく、足を引きずり腎センターへ

診察室へ

え?どうしたの?その足?

先生~sad、2日前から激痛で・・・、血管が詰まってるのか心配でweepsweat01

先生、足の甲を触って、血流はあるよ、うん、よく流れてる。もし、血管に問題があるなら 歩くたびにどんどん痛みが増すよ!

え?私、歩いていると、ちょっとマシになるかなぁ~~。

じゃぁ、筋肉か神経に問題かな? とりあえず 家の近所の整形に行ってみてね!

はい!coldsweats01 血管、詰まってなくてよかった~~sweat01

それから ステロイドは、まだまだ飲むということ。そして 来年、1週間ほど検査入院だそうです。

いろいろ劇薬飲んできているので、どこかに問題がないか、合併症はないか、検査をするらしいです。

元移植者としては、ありがたい検査です。 いかに劇薬を飲み続けてきたか!母も友人も あの薬の量をみて いまだに心配しているんです。

なにか悪い影響が出てこないかと?

え?もう出てるって?頭に?(笑) いや、笑えない、笑えないbearingsweat01

まっ、来年のことは、来年考えましょう。

そして 家に帰って 整形外科を調べると 木曜日、ほとんど休診なんですね・・。

そうこうしているうちに 痛みが治まってきました・・・happy01heart04

まだ、筋肉にハリはあるけど もう普通に歩けます。

あれは、何だったんだろうか?神経痛?冷えから来てたかもsweat01

この夏は、かなりの薄着だったしなぁ~~~sweat01

もう若くないんだし ちょっと気をつけないとなぁ~~~sweat01

明日の朝、痛みがあれば 整形に行ってから透析に行こうか?

でも、もう大丈夫そう!!よ~~~く、マッサージしてから寝ることにしましょうsleepy

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10月は臓器移植普及推進月間です!

毎年、10月は臓器移植普及推進月間として、移植医療の啓発・普及促進のために、全国でさまざまな取組み・イベントが予定されています。
詳しくは、(社)日本臓器移植ネットワークへ

昨日、透析の回収時、週1回くらい?の割合でこられているちょっと年上の看護師さんと移植について話しました。

 ちょっとおもしろいおじさんwinkなので 冗談を言ったりして話しやすい人なんだけど 昨日は、ちょっと真面目に移植について。

 ちょっと前までは、彼のメインの病院(大阪市内)で移植を奨励していたけれど、数年前に、そこの若い女性の患者さんが 妹さんから腎臓を貰ったけれど 3年しか持たず、そして 亡くなられたそうな。

それ以外にも 4,5年で透析に戻っている現状を見ていると、いろいろ考えさせられて 移植を進めるのが怖くなったと。

確かに 移植医療のレベルが上がってきたとはいえ、決して 完璧な医療ではないし、個人差も大きいです。 処方される薬(免疫抑制剤)も劇薬だから 人に寄っては、受け付けられない患者さんもいます。

たとえ1年でもいいから 透析から離れたい患者さんは別として、やはり移植には、それなりの覚悟を持って挑まれるほうがいいのでしょうね。

肝臓移植や心臓移植などは 命がけの手術になるけれど、腎臓に関して言えば、透析という代替医療があるので まだまだ幸せなのです。

でも、子供さんや若い人達には、透析は辛いです。

移植についても 透析についても もっともっと医学的進歩を望むのですけれど・・、もう画期的な進歩は無理なんでしょうか~~?

後は、体細胞の万能幹細胞(iP細胞)から臓器が作られるようになる日が早く来ればいいですが・・・、先は長いようです。

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今日は、S病院へ

3か月ぶりにS病院で診察。最近は、血液検査は、省略してもらって、透析病院の検査結果で診察してもらうことになっていました。

それが 駅につくなり、データを忘れていたのに気がついて・・・。ああ、馬鹿だなぁ~。

S病院に到着早々、透析病院に連絡してファックスで送ってもらいました。

いったい、何しに行ってるのだか?やれやれ・・・despair

そして 診察室へ 

「血液検査の結果、いいじゃない。それで 血圧はどう?」

先生、最近、年末に手術して動かなかった左手のシャント動き出したので、左手で血圧測るの痛いんです。bearing

(透析は、右で行っています)

「ええ?動き出したの? めずらしいなぁ~~sign02 普通、手術して動かなかったら、血管が詰まって流れないのに・・・、それは、痛いでしょう!今度、足で計ってみて。」

・・・えっ、足でsign02

次回、病院で 足と手で血圧測って、どれほどの違いがあるかを確認してから、今後、家庭では、足で計ることになりました。 ぁあ~、ややこしいわぁ~~sad

そして 血圧のくすりがひとつだけ、中止。 まだまだ プレドニンは切れません。

次回は、6月です。それまで 血圧安定すればいいんだけど・・・。

そして 帰りは、心斎橋・オーパで友人と待ち合わせしてランチです。

またまた、韓国料理ですhappy01heart04

韓国料理bibim’ 心斎橋OPA店

いろいろ迷って、サムゲタンセット。

友人は、石焼ビビンバ。 サムゲタンセットは、満腹感がななかったのでちょっとビビンバいただきました。うまい!!

サムゲタンは、鶴橋のアリラン食堂の方が美味しいです。

C203102pm2_b 病院より、ランチが主役ですね。coldsweats01

いつも 食べることばかりで・・・、すみません。sweat02

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S病院の外来

今日は、2週間ぶりにS病院の検査・診察です。

採血室に行くと、以前、四人部屋でご一緒だったTさんがご主人とおられました。お別れした九月の末には、クレアチニン6.2くらいだったでしょうか?

絶対、死ぬまでは透析に入りたくない!って頑張って食事制限されていましたが 貧血で杖が欠かせなくなっていました。

お見かけしたところ、以前とお変わりない様子。

しばらくして お声をかけてから いろいろ 近況を話し合いました。

そうすると、ご自宅に帰ってから クレアチニンが5まで下がったそうです。

病院食に 問題があるのかもしれませんね・・・。

かえって、食べたい物をあまり我慢せずにいる方が 元気が出てきたそうです。

そして 診察室の前で また おしゃべりしていると 入院中の担当医が通られて 「藤本さん、震えはどうですか?」「全くないです」「よかった~」っと行ってくださいましたが・・・。あの震えの原因は、ストレスでは、ないと私は確信しています。薬が・・・とまでは、さすがに言えませんでしたね。

まあ、過去のことは、いいか!confident

そして 診察室へ、「今日で、免疫抑制剤は全部中止です、プレドニンは1年以上続けますけど・・・」

「先生、では、温泉いけますか?」

「あと、1週間すればいいよ・・・、でもね。*******」

それから 温泉はいかに不衛生で、病原菌を持った人たちの集まりだとか、カビだらけだとか…延々と温泉の不潔さを述べられて、さすがに最後に、

「先生、やっぱり温泉いきません・・・」と断言!coldsweats01

そこまで言うかぁ~??って状態でした。先生は、温泉行かないのかな?

そして、Tさんの診察です。 BUNが100を超えていました。毎週、外来に来ているそうですが 来週は、入院の用意もしてくださいと言われたそうです。

今週は、制限していた水分を少し緩めてみたら?とお話してお別れしました。無理に透析導入を延ばすと命にかかわるから 無理しないようにね!と言って。

でも 1日でも長く 透析には入りたくないですよね~~~。

入ってみたら、そうは思わないんだけど、やはり入るまでは、Tさんの気持ち、わかりますね。

複雑です!Tさん、がんばってね!paper

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患者にしかわからないこと

移植してから よく思うことがあった・・・。

思い起こせば、移植したころよく思ったのが ”この気持ちは移植者しかわからない。”ってこと。

最近、ずっと忘れていた・・・。

去年、大学病院の腎臓内科での診察。いつもの先生が出張ということで、若い先生が来られていました。

私の複雑な薬の多さと血圧のコントロールの仕方について、全く お手上げ状態であったこと。

私の主治医に(移植外来)に、このことを話すと、

「あたりまえだよ、移植して 15年も経ってる君の状態は 複雑過ぎて 彼らには無理だよ」って言われたことがありました。

・・・わたしの状態が安定していたなら、問題はなかったんだろうけど 徐々に悪くなっている状態を 薬で どうコントロールするかが 難しいんだろうな・・・。

しばらくして、大学病院の腎臓内科の先生からも 私の診察が難しくて手に負えないって宣告されたっけ・・・。

それから わたしもなんだか いろんな先生の所に 診察行くようになったな・・・。

去年、仕事を2つ掛け持ちしながらも データが良くなかったので 同じクリニックにある違う先生に診てもらった時に セルせプトを5錠飲むようになった。

その時は、お通じが良くなって (ちょと良くなりすぎ??)むくみも取れて 体調も良くなったような気がしたけど そのあと、鼻血(鼻の粘膜が弱くなる)、炎症とかいろんな症状が出てきた。そして 1月に腸閉そくへ・・・。

その時に、今のS病院の先生に出会って、セルセプト5錠は危険だよって言われたっけ・・・。

でも、この6月から 父が亡くなり データが悪くなってから その先生が セルセプト6錠に変更したんだ。それからやはり具合が悪くなって、5錠に変更!

そこまでして、腎臓を維持すべきなのだろうか?

今思えば、セルセプトを増やしてから、いろんな症状が出てきたように思う。

健康な人が腎不全になって透析へ入る過程と、移植者が透析へ入る過程は、違うといわれていたように、私の場合も もっと早く透析に入るべきだったと思う。

もちろん 病院では そういったことは言われなかったけど、

私自身、自分の身体・五感でそう思う!

患者にしかわからないことってあると思う、ただ、その辛い時に そういった冷静な判断はつけにくいってことかな・・・。

このことを 参考に 移植した皆さんに伝えたいことは、先生は完璧ではないってこと。

先生たちも 試行錯誤しながら 私たちの薬のコントロールをしていると思う。

自分の身を守るためにも 薬を増やさないように できる限り自分でコントロールできるように努力すること。

血圧、たんぱく尿、コレステロールなど 食事制限や軽い運動で抑えられると思う。

そして 大事なのが動きすぎないってこと、疲れすぎないってことかな?

医者にはわからないってことは、たくさんあるとおもうので 患者同士の情報交換は大切だと思います。

今朝、起きた時、蒲団の中で ずっーーーとこのことを考えていました。

今日は、透析を始めて 1ヶ月目、昨夜は、主人と家の周りをウオーキング!歩いても とても楽に足がでます。1か月前までは、ベッドで朦朧としていたのに・・・。

今だから いろいろわかってくるのかな?

あのとき、こうすればよかった、ああすればよかったってね?(笑)

移植した皆さん、せっかくの新しい人生だか 長く長く大切にしてくださいね。

そして、まだ 健康な皆さん、少し腎臓が悪いみなさんも コントロールできる範囲でがんばってください。努力は報われます!!

私は、今のこの元気に感謝しながら これからもがんばって生きます!

今朝もいいお天気です!sun 感謝!感謝!合掌!

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外来診察ーS病院へ

S病院を退院して初めての外来診察です。

移植者が透析に戻っても こうやって当分は、免疫抑制剤やステロイドのコントロールをしなければなりません。

下手をすると 拒絶反応を起こしたり 透析の注射針から黴菌が入って 移植腎が炎症を起こすこともあるので これからの管理も大切なのです。

そして、診察でのお話

君の場合は、いきなり透析に入ってしまったから 急いで 免疫抑制を減らしていかないといけない、特に セルセプトは、もうすでに悪さをしているーえ?どんな?

血圧をあげたりしているんだよ。-うんうん、納得!

ーセルセプトを増やしてから すごくしんどかったし 下痢とか鼻血とか合併症が増えたもんね!

セルセプトは1日5錠から2錠へ、ネオーラルは1日、4錠から2錠へ!プレドニンはそのまま1日5mgのまま。友人の話によると プレドニン離脱に1年かかったらしい。

尿量も減ってきてるので ラシックスも1日4錠から2錠へ。

あと血圧の薬はそのままで 2週間後にまた診察です。

しかし 薬のみすぎだよねぇ~、これじゃ体の具合が悪くなるのも当たり前。

この透析導入へのコントロールは、まだまだ課題があると思う。

先生によっては、もっと早めの導入を取り入れるところもあるという。

私は、それがいいと 私の経験上思うけど、人、それぞれなんだろうなぁ~!

とにかく 薬が減って、身が軽くなったような気分です。

私のもうひとりの友人は、移植腎が炎症を起こして 透析に入ってから 摘出手術を受けたらしい。その話を先生にすると

移植腎摘出の手術は、すご~~~~く難しくて 大変なんです。死亡率も高いからくれぐれも気をつけるように!!と脅かされてしまいました。

えええ、恐ろしい~~~!( ̄◆ ̄;)

で、腎臓痛くない?って聞かれて はい・・・・。今は・・・・sweat02

帰りに 友人とランチ。

久しぶりに元気な私を見てもらって 友人も喜んでいました。

お昼は、食欲旺盛な私の希望で 「心斎橋食堂~ごはんや」

ご飯、中盛りでは足らで お替わりました。すごい食欲に友人もびっくり!

透析前は、ほとんど食べれなかったもんね!食欲は大切です!

今日も いい1日でした。感謝・感謝!合掌

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透析導入-地獄からの奇跡の生還

9月30日火曜日、ようやくS病院を退院しました。

数週間前には、先生方も苦慮されるほど、原因不明の発作に(てんかんのような)苦しめられて歩けない、話せない、そして、最後には、個室に移され母親や弟、息子が交替で私に付添い私は数日間、自己防衛のために眠ってしまいました。しかし その間、トイレや食事などはうつろな目をしながら行い、話もしていたそうですが 私には記憶が欠落しています。

発作を起こさないために 私自身の脳が「眠り」を誘導していたらしい。それは、自己防衛のために脳が命令するんだそうです。

もっとやはく命令してほしかった・・・。この発作がどれだけ苦しいものか 通常、てんかんとは起こしている本人に記憶はないが、私自身、この発作を起こしている間、絶えず記憶があるので 自分自身の口や舌を噛み切るほどの苦しさは耐えられませんでした。

そして ある大きな発作からの記憶が欠落しているのです。

人間は あまりにも苦しすぎると 記憶を消してしますのですね。

そして 眠いからようやく目をさましだしたのが9月の19日、初めて透析を開始した日です。本来、まだ 透析の域には達していなかったのが 眼むることで栄養が摂取できなくなり 最後には 電解質がおかしくなり始めたので 仕方なく 透析を導入したらしいです。

私自身、もっと早く導入してほしかったのに・・・。それからの私は見違えるほど活気を取り戻し 発作もなく手の震えもなく もとの私に戻りつつありました。

そして 22日 メンタルヘルス科の先生に受診してもらったところ、精神的に過大なストレスが 発作を引き起こしていたということ。

父の介護、疲れ、緊張。そして 父の死、母への思い、私の透析導入への精神的なストレスが 私に震え、てんかんのような発作を起こさせていたと診断されました。

そして 透析導入によって それは 解消されるでしょう・・・と。

私の回復ぶりに母も先生も そして 一番苦労をかけた看護士さんたちも心から喜んでくださいました。ほんとうに 娘のような若い彼女たちが 私を看護してくれたこと。

ほんとうの頭の下がる思いでいっぱいです。

母もベッドで私を抱きかかえて 寝てくれました。先生が 「お母さんの体力が持つ限りそうやってあげてください」って・・・。薬では治らなかったんですね。

母も「私が治します!」と断言していたそうです。本当に今考えても涙がでます。

そして ようやく今は普通の生活を取り戻しつつあります。

透析は、昔と違って一段と楽になっています。

透析病院も小さなクリニックですが 友人のすすめでシャントのオペの上手な先生がおられる病院に決めました。駅前で 駐車上から10歩という便利な立地条件で 月・水・金の2時30分から3回行っています。

以外と朝から透析するより便利です。夕飯の支度を終えてから行って 夜7時過ぎに帰宅。

今は、体重をかなり落としているのでへろへろになりながら帰宅していますが よく寝れます。

とりあえず 入院期間が長く 体力もかなり落ちているので 筋肉をつけることが課題です。

長い悪夢からの生還でしたが まるで 奇跡が起きたように思えます。

多くの人ー家族に見守られて そして 観音様にも見守られていました。

これから感謝の思いを忘れずに 体調管理を行いたいと思います。

なんだか・・・ほんとうに不思議なことばかりで ここに書き現すのが難しいですが

ただ言えるのは、今 心は暖かいってことでしょうか・・・。

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透析導入 -

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ミオクローヌス(myoclonus)

ご無沙汰しております。

まだまだがんばっているTOMOですが、いろいろとご報告があります。

今日は、S病院から外泊許可が出て、家に帰っています。

実は、7月の中頃から口の軽いどもりがでてきて、診察日に先生に聞いたところ、

一次的にカリウムがあがったのかな?・・と。そして クレアチニンも4.75でほとんど安定。

そして 7月31日(木) ピ-コックで買い物中、レジにならんでいるのに いきなり倒れて、救急車で近くの救急病院へ運ばれました。意識もあったけど 頭をかなり強く打って、髪型が変形するほどの「たんこぶ」sweat01

一瞬 「なんで~~~、こけるの?」って感じです。え?これって脳梗塞?とか思いつつ、血液検査では、特に異常がなく、一過性脱力とやらの名前を付けてもらいました。

そして 翌日、S病院へ。クレアチニンは変わらずだけど、カルシウムが低いの脱力感が出るとのことで カルシウムを進められて帰宅。

そして 8月3日(日)、迷惑をかけたスーパーに主人と一緒にあいさつに出かけて また、倒れました。

そして 翌日救急車に乗って、S病院へしました。

心電図、エコー、レントゲン、脳波にMRI・・・。

と、異常はないけど 病名は「ミオクローヌス」-しゃっくりと同じで、意識していないのに筋肉が動くんです・・・。

原因は、いろいろあるけど 腎不全患者にも起こると書かれていました。

今は、いい薬が出ていて、それで 震えは止まってるけど。副作用が眠気!sleepy

めちゃめちゃ寝てしまいます。だって 腎機能が悪いから排出が遅いらしい。

ほんとうにいろいろあります。明日は、また 病院へ帰ります。まあ涼しくていいんだけど

透析までの道のりはほんとうに大変です!

では、また 報告いたします。

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戦い済んで・・・

しばらく パソコンの前に座る気力も失せていましたが ようやく、皆さんに報告できる気力を取り戻しました。

6月17日、父の看病を終えて、帰宅する間際に 父にいつものように声をかけましたが返事は上の空で 身体を触ると 少し熱っぽくも感じました。ひょっとして これで最後になるのかな?不思議と冷静な気持ちで 父の手を握って 家路につきました。そして 19日午前2時35分に静かに息を引き取ったと 弟から 連絡を受けた時は、涙も流れることなく 静かに父の死を受け止めました。

そして 20日、検査結果の日。朝から歯茎(親知らず)からの出血があり、薬が効きすぎているということで セルセプトを減らしました。クレアチニンは、4.59、徐々に上がっています。そして 問題は、心臓でした。 心エコーの結果、心臓に水が溜まっており、いつかは抜く必要があること。一難去ってまた一難・・・。

そして 翌日は お通やその日の朝も歯茎から出血。そして お葬式当日も・・・。

これまた 大量に出血!

とうとう お葬式からの帰路。日曜日にもかかわらず 救急で歯医者へ駆け込み 診てもらうと親知らずの周りの歯茎が炎症を起こしていると・・・。

緊急で 近くにの大学病院へ!しかし いつも行っている S病院で 腎臓の先生と相談してから歯を抜くことを進められ 翌日 S病院へ・・・。

そして その日の夕方、入院いたしました。おそらく輸血も必要ということで・・・。

案の定、貧血はひどく、また 親知らずの炎症もかなりもののでした。翌日の抜歯!

多量の出血もありました。渡辺徹似のS先生のおかげで無事、事なきを得ました。

でも、抜いた後は痛かった(*_*;  でも、痛み止め薬を飲むと何事もないかのように・・・。

これほど効く薬ははじめてでした。しかし この薬は3日ほどお世話になりました。

そして 1週間後 輸血も2回していただいて無事退院!

もう父の葬式よりも 私の具合のほうが問題になり 親戚中に心配をかけました。

父も私に気を使って、あの世に早く旅立ったような気がします。

父の葬儀は、父の遺言通り 密葬となり 親戚のみの参列で お別れの曲は 越路吹雪のシャンソンで見送れ とっても素敵な葬儀となりました。

いろいろありました。でも、葬儀の後の入院は、私にとって最高の休息となり クレアチニンも4.4まで回復していました。入院時は、なんとクレアチニン5.11まで、BUN117!まで上がっていたんです。・・・おそろしい。

といっても、透析への道は すぐそこにきていますが それまでは 父の供養と残った母へのケアーに尽くしたいと思います。

いろいろ ご心配をおかけしました。

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